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10月6日の朝方、79歳の若さで祖母が他界した。
日本人の平均寿命は男が80歳、女が85歳であるが、
死因が三大生活習慣病であるものを除けば+5歳にもなるらしいので、
それに当てはまらない分、個人的な見解としては、若いとしか言い様がない。
そして、祖母が他界したその日から、
目の前の景色が反転したかのように灰色に染まっていった。
24歳になるまで、けして人の死に出くわさなかったわけではない。
仲の良かった親戚の叔父さん叔母さんが50半ば60半ばで亡くなっていたりもする。
ただ、あくまでのその親戚と会う場合は受身であって
こちらからわざわざ会いに出向く事もないので感覚的には「どこかでまだ生きている」感覚があったからだ。
祖母にとって自分は、近隣に住んでいた内孫であり、
母の兄弟に子供がいないので、祖母にとっての唯一の孫であった。
それだけに
人一倍可愛がってもらい、
人一倍甘やかされて、
人一倍心配をかけさせてしまっていた。
そんな大事にしてくれていた祖母なのに、
俺は、近くに住んでいながら今年の5月から、ろくに会いにいかなかった。
母親が、7月頃から、夕食の時に毎日のように
ばあちゃんが弱ってきてる事を伝えてくれたにも関わらず、会いにいかなかった。
いつでも会いにいけたのに。
怖かった。現実から目を背けていた。
そして入院してからようやく見舞いに行き、
酸素マスクを付けた祖母を目のあたりにした。
ようやく現実を直視し、事の重大さを多少なり受け止めたつもりだった。
現代の医療であれば、ちょっとやそっとでは死なないだろうと甘い考えもあった。
だが、毎日足を運ぶたびに機材が増えていき、
素人目にも祖母の病状も悪くなっていくように見えた。
そして、5日の夜。祖母の命は数日と持たない事を聞かされた。
と同時に、間質性肺炎という難病であることも今更ながら教えられた。
美空ひばり、星新一などの命を奪った今だ治療法のない難病である。
そんな難病である事を一年近くも伏せられていたのだ。
大きな声では言えないが正直、この事に関しては叔父や祖父を相当恨んでいる。
勿論、自分で知ろうとしなかった事にも責任はあるし、悪意があって伏せたわけではない事は百も承知であるが、
せめて教えてくれていたら、毎日のように会いに行ったのにと思っている。
自分の中で、今一番大きな感情は悲しみ以上に「後悔」である。
叔父や祖父は、出来る限りの事をしたと自分を納得させられる領域にいるが、
全く知らされていなかった俺や母は、納得など出来ていないのだ。
祖母が死んだその日、叔父や祖父が野球中継を楽しんでいる中、
俺は、祖母の遺体の前で、ただひたすら謝り続けた。
せめてもの償いとして、毎日祖母の家に出向き、手を合わせるようにしている。
他界してもう1ヶ月近くになるが、今だ「慣れる」事が出来ない。
祖母の家に足を運ぶために、生きてるのではないかという錯覚が起きる。
その錯覚から覚めるたびに悲しみが押し寄せてくる。
胸に空いた穴は、当分塞がりそうにありません。
もうウダウダいっても仕方がないのは分かってます。
あとは「あの世」があることを祈るばかりです。
輪廻転生?いりません。記憶リセットで輪廻する意味が分かりません。
いわば、祖母や今後死ぬ親類との再会が期待できる環境であれば無問題。
GANTZな複製もあり、ギャラクティカのように記憶のみが転送されるもあり、
何十年前までは、膨大な情報を地球の裏側までは瞬時に送れるなんて夢にも思っていなかったわけで、ありえない話ではない。
創造主が気を利かせて、そんなシステムにしてくれてると信じるほかありません。
きっと今の俺みたいなのが変な宗教にのめり込むんだろうな、と。
誰も読んでないだろうけど、支離滅裂な文ごめんなさい。